苦い文学

入国審査の列(4)

あまりにも待たされる時間が長いので、しばしば倒れる人も出てくる。すると、前後に並ぶ入国者たちがとびついて励ますのだ。

「あともう少しだ!」「気を確かに!」「入国するときは一緒だと誓いあった仲間じゃないか!」

国籍を超えた友情が醸成されていたのだ。だが、倒れた者はかすれ声でこう答える。

「すまん。俺を置いて先に入国してくれ……」

「それはできない!」「この国に来るためにここまできたのに、諦めちゃだめだ!」

「いや……もう俺は先には進めない。入国審査官によろしく伝えてくれ……」

と、そのまま息を引き取る人もいるが、たいていはしばらくするとピンピンして列を離れて思い思いに商売を始める。荷物係もそのひとつだ。他には飲食を売ったり、怪しげなレートで両替を始めたり、順番待ちを代行したり、軽犯罪に手を染めたり……。

こんなふうに列の仲間どうしの別れもあれば、出会いもある。この列はさまざまな恋物語を生み出してきたのだ。

恋はきまって、列がすれ違うときだけに出会う男女のあいだで生まれる。列は幾重にも折り重なっているため、何度もすれ違うのだが、その短い逢瀬が訪れるたびに、ふたりは恋情をつのらせていく。視線を交わし、ドギマギし、やがて熱烈に見つめ合い、そしていつしか抱き合う。まるで七夕の織姫と彦星のように……。

だが、進み続ける列はそのふたりを無情にも引き裂いていく……。

ただ不思議なのは、ふたりの男女のあいだにいつのまにか子どもまでいることだ。恋人たちの出会いの瞬間は、かくしていまや家族の短い再会の時となる。

「お父ちゃん!」

「おお、坊主! ちゃんと勉強してるか! お母さんの言うこと聞かなくちゃダメだぞ!」

はなればなれのこれらの家族が、無事に入国審査を通過し、いつか一緒に暮らせるようなればいいと思う。もっとも、入国したさきになにが待ち受けているか、誰にもわからない。