苦い文学

配膳ロボットに就労ビザはいらない

和風居酒屋「桜丸」が夕方の支度をしているとき、入管の調査官たちがやってきて、立入検査をすると宣言した。外国人を不法に就労させているとの通報があったというのだ。

日本人の店長は調理場にいた3人の外国人従業員をホールに呼び集めた。調査官たちはひとりひとり、パスポートと在留カードを確認していく。1人目、問題なし。2人目、問題なし。3人目……学生だ。調査官は店長にこの留学生の労働時間の記録を出させた。ざっとみたところ、労働時間の違反はなさそうだ。調査官は店長に聞いた。

「ほかに外国人はいませんか」

「ええ、います。いまちょっと外に……」

そのとき、調理場のほうから電子音のやさしいメロディが流れた。「あ、戻ってきました」と店長はその外国人従業員を呼んだ。

店の奥から配膳ロボットが出てきた。配膳ロボットはやさしく歌いながら直角に曲がると、店長のわきで停止した。

調査官は言った。「パスポートと在留カードを見せてください」

すると、配膳ロボットは180度回転して向きを変え、メロディを奏でながら店の奥へと進み出した。

調査官たちはいろめき立った。「逃がすな!」 だが、店長が言った。「待ってください。取りに行っているだけです」

しばらくすると、配膳ロボットはお盆にパスポートと在留カードを載せて戻ってきた。

「ご注文の品をお取りください」とやさしい声が告げると、調査官たちはひったくるように奪った。パスポートと在留カードからわかったのは N-KU98-JTR5(28歳、男)のビザ・在留期限ともに問題ないことだった。

そのとき、ひとりの調査官が叫んだ。「待て!」 パスポートと在留カードの写真と配膳ロボットの顔を鋭い目で見比べている。

別の調査員も直ちに確認に入った。配膳ロボットのプラスッチックの四角い頭部と黒くて丸いセンサーをじっとみつめる……「いや、同一人物だ」 つまり、この店には不法就労者はいなかったのだ。

調査員がパスポートと在留カードを配膳ロボットに返そうとすると、配膳ロボットはくるりと回転した。「お済みになったお皿はトレー置き場に置いてください」

調査員たちは「今後も不法就労には注意するように!」と店長に言い残して、外に出て行った。配膳ロボットはあいかわらず電子音のメロディをやさしく歌っていた。