苦い文学

シリーズ「生きるのがつらいあなたへ」

ザンゲー通信の人気記事といえばシリーズ「生きるのがつらいあなたへ」だ。

この連載記事では、各界の著名人が登場して、自分の不幸な生い立ち、いじめられた経験、苦しい時代のあったことを読者に打ち明けるのだ。そして、そうしたつらい経験があったからこそ、今の自分がある、だから今、生きるのがつらいあなたもきっと乗り越えられる、と読者を励ますのであった。

ある日、編集部に一通の手紙が届いた。それは年若い読者からのもので、記事が自分をどれだけ勇気づけたか感謝をもって述べたのち、以下のような要望が書き添えられていた。

「シリーズにいつも取り上げられるのは、つらい経験を乗り越えて成功された方々です。ですが、あまりにも試練が大きくて乗り越えられなかった人もいるかもしれません。僕は乗り越えた方だけでなく、乗り越えられなかった方の話も聞きたいのです」

編集長はこう思った。「なるほど乗り越えられなかった人々が、どんな人生を歩んでいるかも大事なことだ。もしかしたらその人生から励まされる読者もいるかもしれない。しかし、この取材は大変だぞ」

そこで、編集長は、数いる記者のうちもっとも優秀な記者を選び、こう告げた。「乗り越えられなかった人々も取材してほしい」

数日後、取材から戻ってきた記者は、編集長のところにやってくると言った。

「みんな死んでいました」

編集長は読者から来たその手紙をゴミ箱に捨てた。