苦い文学

友人の父

今回私を旅に誘ってくれた友人は、ビルマのカレン人だ。カレン人にもいろいろグループがあるが、彼はエーヤーワディ・デルタ出身のポー・カレン人だ。

彼は現在60歳で、日本にもう20年以上いる。難民申請の結果、在留資格を得た。今は仕事をしながら、在日カレン人のためにいろいろな活動をしている。

また、カレン人だけでなく、日本にいるビルマのさまざまな民族とも活動をしている人だ。

彼はデルタ生まれだが、育ったのはヤンゴンだ。彼がまだ小さいとき、彼の母が宝くじを当てた。けっこうな額だったそうで、彼の母はそのお金でトラックを買ってビジネスを始めようと考えたが、「危険だ」と周りが言うので実現しなかった。

彼の父は当時、マンダレーの北で働いていたそうだが、そのお金でビジネスをすることにした。

ヤンゴンは首都だからなんでも高い。彼の父はその土地で野菜を安く仕入れて、ヤンゴンで売れば儲かると考えたのだ。さっそく父はジャガイモやらニンジンやらを買い込んでトラックで運んできた。

だが、その運送費を加えると、ジャガイモもニンジンもヤンゴンでの売値と変わらなくなってしまった。「これでは売れない」と、そのままにしておいたら、結局すべてダメになったしまった。

「『カレン人は商売ができない』ってみんないうけど、お父さんもそうだったね」

と私の友人は笑うのであった。