お正月だから、変わったところに行ってみようと、スーパー銭湯に行った。浴場内にはいろいろなお風呂がある。まず、泡風呂に入ってみた。
底から湧き出る泡に打たれていると、腹の出たのと痩せたのとの二人連れが入ってきた。足を湯に入れながら、痩せたほうがこう言った。
「社長、そういえば、お子さん元気ですか」
すると腹の出たほうが「ああ、元気元気、毎日サッカーばかりでさ、男の子だね」
私は泡風呂を出て、外の露天風呂に行った。茶色い湯で体にいいらしい。しばらくすると先ほどの二人がやってきた。貧相なほうが足を突っ込みながら太ったほうにこう言った。
「そういえば、社長、お子さんいらっしゃいましたよね」
「うん、娘。最近じゃ、お父さんイヤって、まったく女の子はむずかしいや」
次に私はつぼ風呂に入り、再び室内に戻って電気風呂と炭酸風呂に入った。それからひとつ「ととのう」とやらを体験してみようとサウナに行ってみると、あの二人が先にいて、私が室内に入るとこんなことを話しだした。
「社長、なんでも最近、お子さんが生まれたとか。おめでとうございます」
「ありがとう。初めての子だからもうかわいくって」
浴場を出て、脱衣所で体を拭いていると、あの奇妙な二人もやってきた。そして、同じような会話をいくども繰り返すのだった。「社長」はそそくさと着替えおわると、ひとりでさっさと外に出ていった。痩せたほうはといえば、社長が残していったタオルを片付けているのだった。
私はもう好奇心を抑えきれなくなり、彼に話しかけた。そして、何度も子どもの話をしていた理由について尋ねた。
痩せた男は慇懃に答えた。「ああ、あれは当館独自のサービスでして、他のお客様のいるところでは、必ずああいった会話をするのでございます。見た目は控えめでも、ちゃんと責務を果たしているぞ、というアピール、これがあるとずっと銭湯も楽しくなるのに、という切なるご要望が、ささやかなモノをお持ちのお客様から多々寄せられまして、ええ、じっさいにお子様がいらっしゃらなくてもご利用可能です……」