苦い文学

パワーストーン(2)

「賢者の石?」 友人は酔いが覚めたようだった。「無限の富と不老不死をもたらすという?」

「そのとおりです。私はこの石だけが欲しいのです。私は賢者の石を作る資金が底をつくと、こうやって石を売り歩くというわけです」

「しかし、賢者の石はヨーロッパのものでは?」

「ああ、賢者の石に国境はありません。日本でも十分可能なのです」

「それは知りませんでした」 友人の口調が丁寧になったのに私は気がついた。

「じっさい、この日本でも賢者の石の存在することが古くから言い伝えられてきたのです。賽の河原の伝承はご存知ですか」

「ええ、三途の川の河岸で、子どもたちが石を積み上げていると鬼がやってきて崩す、という話ですね」

「その物語には、日本における賢者の石の謎が隠されていたのです。つまり、子どもたちとは私たち人間です。そして石を積み上げるプロセスそのものは……」

「賢者の石の生成過程だと。だが、鬼がこれを崩してしまう、これはいったいなんなのです」

「ええ、そこが問題なのです。私は当初、石を最後まで積み上げることが賢者の石の完成を意味し、鬼とはそれを妨げるものだと考えていました。そこで、この鬼とはなにか、そしてその鬼を排除する方法を長い間探し求めていたのです。ですが、これはまったくの間違いでした。鬼が石を崩したのち何が起きるか、ご存知ですか」

「もちろん」と友人は震える声で答えた。「地蔵が現れて子どもを救うのです。では、賢者の石とは……」

「そうです。地蔵です。地蔵とは《大地の宝蔵》を意味する言葉です。地蔵こそ最強のパワーストーンだったのです」

しばしの重い沈黙ののち、友人が口を開いた。その声には興奮があった。

「では、どうやってその地蔵を手に入れるのです」

「ああ、そのためにはいくらお金があっても足りないということ以外、お教えできません。私は象徴でもって語りました。お話しできるのこれだけです……とんだ無駄話をいたしました。そろそろ店じまいとしましょうか」

「そんな! 資金難とおっしゃっていましたね。どうか私に支援させてください」

友人の懇願にもかまわず、老人は並べられた商品を片付け始めた。机の下から箱を出し、ひとつひとつ仕舞っていく。

そのとき、罵声が響き、私と友人は強い力で突き飛ばされた。いかつい男たちが机につかみかかってひっくり返した。パワーストーンはきらきら輝きながら地面に散り、あちこちに転がっていった。「誰に許可もらってここで商売してんだ!」 男たちは老人を投げ飛ばし、その懐から、売り上げとおぼしき金銭を掴み取った。

私たちは大慌てで立ち去った。そして、賢者の石を手に入れた老人が、いつかこれらの鬼たちを懲らしめる日が来るようにと祈った。