苦い文学

ゲロの町

ここは豊島区と新宿区と渋谷区に囲まれた「年谷町(としやちょう)」という小さな地区。2023年、暮れも押し迫る12月29日金曜日、それは起きた。

【午後11時15分】
突如として鳴り渡った異常な地響きに、寝支度をしていた住民たちは騒然となった。地震かと慌ててネットを見た人々は、いかなる警報も見つけることはできなかった。

【午後11時20分】
再び恐ろしい地鳴りが街を揺さぶった。家の外に出た住民たちはこう叫ぶ声が聞こえたのを記憶している。

「逃げろ! 逃げろ! ゲロだ!」

そのとき、住人たちは、とろみのある液体が足もとにひたひたと押し寄せているのに気がついた。

【午後11時45分】
住民たちの避難がはじまる。ゲロは徐々にかさを増しつつあったが、十分に歩行可能な状態であった。

【午後11時58分】
ゲロの水位は10センチにまで到達。

【午前0時08分】
ゲロが一瞬のうちに引く。そしてしばしの静寂ののち、住民たちは高さ10メートル以上の黒い壁が迫り来るのを目撃した。

【午前0時09分】
ゲロの高波によって年谷町は壊滅した。

《災害の原因は》
災害後に直ちに調査が実施され、年谷町にゲロが押し寄せるという未曾有の災害が発生したのは、以下の4つの条件が偶然にも重なったためであるとの報告がなされた。

1)新型コロナウイルスが5類に移行して迎える初めての年末であったこと。
2)忘年会や年末の飲み会が最後の金曜日であるこの日、12月29日に集中していたこと。
3)年谷が豊島区・新宿区・渋谷区に囲まれた低地であったこと。
4)これらの各大繁華街で発生した大量の酔っ払いたちが一斉に・盛大に嘔吐を始めたこと。

《住民たちは訴える》
ゲロに足を滑らせて転倒した少数の負傷者を除けば、奇跡的に住民たちは全員無事であった。しかしながら、住居と財産を失った住民たちは、都が災害を予測しうる立場にありながら十分な対策を怠ったとして補償を求めた。都は適切な支援を行うとしながらも、災害の責任については否定した。これを受けて住民側は都を相手どって提訴。

人災か天災か、法廷がどのような判断を下すかが注目される。