年末になり、年賀状の宣伝があちこちではじまると、私は父との会話を思い出す。
私は少年で、その年頃の子ならばよくあるように、世界のあらゆることをムダだと決めつけていた。そして、年賀状もそのひとつだった。
私は、年賀状を書いている父にこういったものだった。こんなものはなにひとつ意味がない、ばかげた行為だ、と。すると父は私にこういったのだった。
「なるほど、ではちょっと出かけよう」
父についていくと、町外れの汚いボロ屋に着いた。窓ガラスは割れ、壁は斜めになって地面に沈んでいた。二階は半分崩れていて、解剖図のように内部が見えた。
「ヤヘエさん、いるかい」と父が外れかかったドアを叩くと、無精髭の汚らしい男が顔を出した。目の周りは目ヤニでいっぱいだった。
父は尋ねた。「ヤヘエさんは今年は年賀状を書くのかい?」
ヤヘエと呼ばれた男は歯の抜けた口を開けた。「書かねえよ。バカバカしい。くっだらねえ」
父は声を出して笑うと、財布から千円札を2枚出して、渡した。「そんなこと言わずにさ、これで年賀状でも買いなよ」
ヤヘエは札をひったくるように奪うと、こう言い返した。「はっバカ言うなよ。酒に決まってんだろ」
短い訪問を終え、私たちは家に戻った。父は再び年賀状に取りかかり、私は部屋で寝転んでいた。そして、同級生たちの顔を思い浮かべながら「明けませんでおめでとう」とか「お餅を食べすぎないように」とかいう文句を考えていた。
それから長い年月が過ぎた。父はすでにいない。私はといえば、年賀状を辞めてもう何年にもなる。聞けば同じように年賀状を出さない人々が増えているそうだ。
私たちの国もなんとなくヤヘエの家みたいな感じだ。