苦い文学

しかけ女房

ひとりの教師が授業の方法を考えながら散歩をしていると、草むらから悲しげな動物の鳴き声がした。

覗きこむと、タヌキがワナに足を挟まれているのだった。不憫に思った教師はワナを外して逃してやった。

その夜、教師の住むアパートにひとりの女がやってきた。教師は一晩泊めてやるつもりだったが、いろいろあって夫婦になった。

そのころ教師は職業上の悩みがあった。校長から「子どもたちに学ぶ楽しさを与えよ」という難題を与えられていたのだった。教師がため息をついていると、女が事情を聞き、こういった。

「私がいいというまで決してこの部屋に入ってこないでください」

教師が不審に思いながら待っていると女が姿を現した。「教室でこのしかけを使えばうまくいきますよ」

翌日、教師がそのしかけを用いて授業を行うと、子どもたちは大いに楽しんで学んだのだった。ひと安心した教師であったが、それも校長が「では次は子どもたちを調べ学習好きにするのだ」と求めるまでであった。

校長の無理難題に暗い顔つきで教師が家に帰ると、察した女は事情を聞き出しこういった。

「私がいいというまで決してこの部屋に入ってこないでください」

教師が悲痛な顔で待っていると女が姿を現した。「教室でこのしかけを使えばうまくいきますよ」

翌日、教師が授業を行うと、しかけは驚くほどぴたりとはまった。子どもたちはすっかり調べ学習好きになってしまい、校長室に行って校長の机の中まで調べ学習するほどだった。周りの教師たちはこの様子を見て「とんだスゴ腕教師だ」と感嘆したが、校長は「では次は崩壊した学級の子どもたちを仲良しにするのだ」と容赦なかった。

今度ばかりはもうダメだと、青ざめた顔で帰宅した教師に女はいった。

「私がいいというまで決してこの部屋に入ってこないでください」

教師はじっと待っていたが、じょじょに不安が頭をもたげてきた。いくらしかけを作るのに巧みな妻でも、今度ばかりはうまく行くものだろうか……。いても立ってもいられなくなった教師は、女の閉じこもった部屋の扉を開けた。

そこには、教育書と教材の研究に余念のないタヌキの姿があった。タヌキは悲しげに教師を見ながらいった。

「私はいつぞやのタヌキでございます。タヌキの学校で教師をしておりましたが、授業のしかけづくりに夢中になったあまり、自分の作ったしかけに引っかかってしまったところ、あなたに助けていただいたというわけで……」