苦い文学

タバコとオナニー

「なんでこの人たちはこんなところでタバコなど吸えるんだろう」と彼は呆れてみせた。私たちは池袋駅前のバス停でバスを待っていた。バス停の隣には半透明のガラスで囲まれた喫煙所があり、喫煙者でいっぱいだった。

「一昔前ならいざ知らず、いまやタバコはオナニーと一緒だ。どっちもするのは自由だ。法律違反でもない。だけど、もはや人前ですることではないのだ。自分の家でこっそりすべきことなんだ」

「じゃあ、喫煙可の店は風俗店だね」と私がまぜっかえすと彼は大真面目でうなずいた。「そのとおり。タバコを吸う人は、自分のしていることがどんなに恥ずかしいことか、思い知るべきだ。公衆の面前でオナニーに耽るのと一緒なんだから」

彼の非難にもかかわらず、喫煙者は喫煙所に次から次へと入っていき、やがて満員になったのか、壁の外側でタバコを吸う男女まで現れた。彼は露骨に顔をしかめ、舌打ちをした。

「まったくどいつもこいつも恥知らずのオナニストだ!」

私は彼の妥協を許さぬ態度に感銘を受けた。それと同時に、彼が壁際でタバコを吸う女性たちをとくにじっと見つめ、その目がイヤらしさにギンギンに輝いているのにも気がついた。

彼の頭の中ではもう喫煙はオナニーなのだ。こいつはそうとうな恥知らずだ。