苦い文学

救命胴衣の説明

どんなに声を出し、身振り手振りを交えて、懇切丁寧に説明したとしても、誰ひとり聞いてくれないとしたら、それはつらく悲しいことではないだろうか。

私は、飛び立つ前の機内で、救命胴衣の説明をしてくれる CA たちの健気な姿を見るたびに、そう思っていた。

実際、いま旅立とうとしている乗客や、ようやく帰途につこうとしている乗客たちにとって、救命胴衣の話ほど興味のわかないものはないのだ。

日頃からそんな想いをもっていた私は、先日、飛行機に乗ったさい、CA の救命胴衣の説明をちゃんと聞いてあげようと心に決めていた。乗客の安全を第一に考えてくれる CA たちを応援しないで、いつ応援するというのだ。

やがて乗客が揃い、CA たちは通路の真ん中に立った。そして、黄色い救命胴衣を手に説明をはじめた。これがどこにあって、どんなふうに着用し、どうやって膨らませるか……。

CA たちに目を向ける乗客はひとりもいなかった。機内での暇つぶしや仕事の準備をしたり、ガイドブックを広げたり、それぞれのことに夢中だ。

だが、この私だけは、CA に真剣な眼差しを向けていた。ふんふんとうなづいたり、メモを取ったりした。「ここに聞いている人がいるよ、あなたのしていることは無駄ではないよ」 そんなメッセージを伝えたかった。

私の気持ちが通じたのか、CA の説明もいつもより熱が入っているような気がした。救命胴衣の説明は CA と乗客の最初の共同作業なのだ……そんな想いにふととらわれた。

説明が終わると CA たちは慌ただしく離陸の準備に移った。私がその光景を満足げに眺めていると、すでにゆっくりと動き始めていた飛行機が急停止した。

なにごとかと思っていると CA たちが早足で私のところにやってくる。「お礼でも言いにきたのかも」と思って、にこやかに笑いかけた私を、CA たちは席から立たせ、飛行機から降ろしたのだった。

テロリストだと疑われたのだ。

「救命胴衣の説明をこんなに熱心に聞く人などいるはずがない。絶対に怪しい」というのがその理由だ。