苦い文学

共有アカウントの怪(3)

誰が、どうやって? もちろん、誰かが不正アクセスしているのだ。このとき彼女が真っ先に考えたのは、夫のアカウントを削除することだった。

だが、彼女はためらった。これは夫が残した痕跡のひとつではないか。いつか削除する日がくるとしても、いまそれは彼女にはできなかった。そして、その夫のアカウントを荒らしている「誰か」に怒りを覚えた。なんとしても不正アクセスをやめさせなければならない。

私が彼女から連絡を受けたのは、この時点であった。私が Web 関連の仕事をしているのを思い出しのだ。

私はさっそく調査にとりかかったが、結論からいうと、なにかしらの不正な侵入が行われている形跡はいっさい見当たらなかった。私はため息をついた。

「不思議だ。この異常な挙動はまったく説明つかない。アプリケーションやネット接続の異常だともいえないし、妙だよ」 

彼女は無言で画面を見つめていた。そこでは次々と新しいタイトルが「現在視聴中の動画」に加わっていた。彼女はつぶやくように言った。

「どれもこれも、あの人が好きそうな動画ばかり……」

そう言う彼女の口がわなわなと震えているのに、私は気がついた。「A のやつ、どこかで見ているんじゃないかな」

「そう、きっと楽しんでるんだね。どこかで……」 ここで彼女の言葉は、激しい嗚咽に掻き消された。

……私の物語はもう終わりだが、皆さんがこれを聞いてどう思ったかはわからない。わたしたちの推論が正しいのかもどうかもわからない。なので、なにか結論めいたことは言えないが、もし正しかったとしたら、少なくとも、その「どこか」はとほうもなく暇で、せわしないところなのは確かだろう。

最後につけ加えれば、B は、夫の名残りであるそのアカウントを残しておくことにした。だが、配信サービス事業者が、アカウントの共有は同じ世帯に住んでいる者どうしにかぎるという方針を厳格に適用したせいか、いつのまにか A のアカウントは消滅していた。