苦い文学

共有アカウントの怪(1)

死んだのちに、人間はどうなるのだろうか。どこか別の場所に行くのだろうか。それとも、なにもかも消えてしまうのだろうか。

この疑問に関して、古来、人間はさまざまな見解を述べてきた。私がこれからお話しする短い物語も、この古くからの問いにささやかな答えを与えてくれるかもしれない。

先日、私の友人の A が、妻と 2 人の幼い子どもを残して亡くなった。私たちは長いつきあいで、家族同士で交際していた。葬儀もすべて済み、3ヶ月ほど経ったのち、A の妻(B としよう)から相談があると連絡が来た。

どうしても家に来てほしいというので都内某所にある A 宅を訪問すると、B が不安そうな顔で、次のような話をした。

A の家は、動画配信のサブスクに加入しているのだが、奇妙なことが起きているというのだ。動画配信サービスには、複数のアカウントを持つことができる家族向けのプランがある。家族のひとりひとりがそれぞれのアカウントを持ち、自分の好きな作品を見ることができるというものだ。A の家も、このプランに加入し、A、B、子どもたちの 3 つのアカウントを利用していた。

A の死後も、アカウントはそのままだったのだが、B はふとなんの気なく夫のアカウントに入ってみることにした。最初の画面が映し出され、「現在視聴中の動画」のセクションにいくつかのタイトルが並んだ。アクション映画、犯罪ドキュメンタリー、ロボット・アニメ……そこには紛れもなくありし日の夫がいた。

「だけど、どれもこれも、最後まで見ることができなかったんだ」 そう思うと、彼女は切なくなった。

だが、この時、奇妙なことが起きた。彼女の目の前で「現在視聴中の動画」に新たなタイトルが加わったのだった。