吉田さんはこの「マジック」のために、周到な準備を行う。今回のステージのある都市では、人々の顔つきはどうか、どんな顔が多いか、出身の著名人はどんな顔か、それこそ、駅前の銅像の顔まで徹底的に調べ上げる。さらに、地域の産業、経済状況、政治的傾向、歴史、文化なども重要だ。これらの情報により、この都市とその周辺でどのような顔が期待されているかが浮かび上がってくる。
そして、最後に仕上げが施される。吉田さんは、化粧術、変装術、そして顔の筋肉の調整など、持てる技術を駆使して、最終的な「顔」を作り上げるのだ。
こうしたことのすべては、私がこの稀代のパフォーマーを直接取材して聞くことができたのである。思い出すのだが、ある都市での公演を控えて、楽屋にいる吉田さんを訪ねたことがある。もちろん取材のためだ。
吉田さんはすでにマスクを着用し、準備は万端といったようすで静かに座っておられた。そして、その「芸」についてインタビューする私に、落ち着いた声で丁寧に説明してくださったのだった。
ステージの時間が近づきつつあった。私は立ち去る前に、こんなお願いをしてみた。
「今回のステージでも、徹底的に調査をし、顔を完成させたと伺いましたが、もしよろしければ、そのお顔を今、拝見することはできないでしょうか」
すると吉田さんは、こう柔らかく断られたのであった。
「いえ、このマスクの下の顔は、今、あなたにお見せすることはできません。これは、今夜、このホールで、ここに集まったお客さんのためだけの顔ですから」
インターネットのどのサイトにも、どの SNS にもあげられることのないこの「顔」をライブで体験したい方は、ぜひ吉田六郎さんの公演に足を運んでほしい。