恐るべき魔王がラーメン屋を始めた。彼は、客を嘲り、叩きのめし、服従を誓わせるためだけに、ラーメン屋を営業しているのだ。私たちは、そのラーメン屋に行くとき、世界を支配する魔王に挑んでいることになる。
ラーメン屋に足を踏み入れると、最初に立ち塞がるのが食券機だ。これを単なる機械だと思わないほうがいい。これは魔王の第1形態なのだ。
食券機は私たちに恐ろしい仕方で挑みかかってくる。これを倒すには、1秒か2秒のうちに食券機のすべてのメニューを理解し、お金を投じ、食券を入手しなくてはならない。
だが、これがどんな勇者にも至難の業なのだ。いくつもの見慣れないラーメンの名前、複雑なトッピングのシステム、ルーレットのように移動する売り切れの赤いランプ……。食券機の繰り出す技に、私たちがたじろぎ、目をぱちくりさせて、何を選ぼうかぐずぐずしていると、食券機から店主の舌打ちが聞こえてくる。いや、聞こえてこなくても、もう聞こえるような気がして、パニックになってしまう。たいていの客はここで息絶えるか、店を後にする。
運良く舌打ちされるまえに、注文するものを選べたとしても、さらに恐ろしい試練が待ち受けている。それは、食券機の前で、財布を開いたときだ。どういうわけか一万円しか入っていないのだ。
なぜ、ラーメン屋には千円札以外の札を受け入れる食券機がないのだろうか? もちろん、それは私たちを屈服させ、服従させるためだ。私たちは一万円札を手にがっくりと膝からくずおれる。
そのとき食券機は第2形態へと変化し、恐るべき魔王(ラーメン屋の店主)の姿となる。魔王は語りかける。
「もしお前がこの私に屈服し、両替を頼むならば、この世界の半分を与えよう……」
私たちは震える手で1万円札を手渡し、千円札を10枚受け取る。魔王との取引が成立したのだ。たちまち、食券機が現れ、私たちは食券を手に入れる。
私たちはこうして悪の手先となる。もちろん、魔王は約束どおり世界の半分など与えはしない。
そのかわり半チャーハンがついてくる。