私は怒っている。今日、電車の中で二人の乗客から酷い扱いを受けたのだ。尊厳を傷つけられた私は、正義が直ちに行われるよう求めて、ここに告発を行う。不正に泣く者たちに慰めが与えられるように!
今日、私は混んでいる電車の中で、座席に座っていたのだった。私の目の前には、二人の乗客が立っていた。二人はたまたま隣り合わせたに過ぎない他人同士だったが、たったひとつだけ共通点があった。
二人とも私の席を狙っていたのだった。こころみに私が少し腰を浮かせると、二人はびくりと反応した。私が席を開けると思ったのだ。
そして、この反応が、自分の隣に実はライバルがいるということを気がつかせたようだった。私は二人の間に緊張が高まるのを見て大いに喜んだ。
《やれ! もっといがみあえ! 私のこの高価な席を奪うため、もっと醜い争いを繰り広げるのだ!》
私は二人の前で膝頭を右に向けた。すると、左側の客が前のめりになった。つまり、こう考えたのだ。右側に向かって私が立ち上がり、ドアに向かって歩くと、右側のライバルを押しのけることになる、と……これは左側の客が席を奪うチャンスでなくてなんであろう。
しかし、私は立ち上がらない。それどころか、膝頭を今度は左に向ける! すると、右側の乗客がチャンスとばかりに前のめりになる。
右、左、右、左……私は巧みに膝の向きを変え、二人の乗客の欲望を刺激し、互いへの敵意を掻き立てた。
《まだだ、まだまだだ、譲らんぞ!》
電車が駅に着いた。私が降りる駅はその次。私は自分が降りるときのことを想像した。二人が直面している、このおあずけ状態は、私の下車によって、たちまち醜い奪い合いへと転ずるだろう。そう考えるだけでもう心が高鳴った。
だが、そのときだ、意外なことが起きた。私の前の二人の乗客は、この駅で降りてしまったのだ。
《さては!》 私は心の中で叫んだ。《あいつらはぐるだったのだ!》
座りたげなそぶりを見せて、私をまんまと騙したのだ。いまごろホームのどこかで私のことを嘲笑しているかと思うと、いよいよ腹が立ってきた。
人間の心を弄ぶとはなんと酷い連中ではないか。こういう堕落した人間は断固として鉄道から追放すべきではないか。