通勤時に通り抜ける公園で、若い女性がひとり座っているのを見かけた。思い詰めたようすで、私は放っておけないような気がした。
思いきって話しかけてみると、意外に素直な返事をしてくれた。短いやり取りののち、彼女が話したのはこんな身の上話だった。
父が病に倒れたのは、私が中学生のころ。それから3年間の闘病が始まった。
病気というのは、頚椎の異常で、椎間板が神経を圧迫して全身が麻痺して。身体中が痛くて、苦しんでた。
お医者さんの話では、姿勢が悪いのが原因で、猫背を治すほか治療法はないって言われて。
それで父も猫背を治そうといろんな治療法を試したけど、それこそ、アヤシいのも含めてね、でもよくならなくて、日に日に弱っていった。
とうとう入院しちゃって。もう痩せちゃって見ただけで涙が出てくる。お父さんは何にも言わずにただ病室から外を眺めてた。
それで、もう本当に危ないってときが来て、お父さん、泣きながら、お医者さんにこう言った。
「先生、猫背が治らないのなら、せめて私を猫にしてください」
そう言って、窓を指差して。
「最後に、最後だけは、あの外にいる猫みたいに自由に歩き回り、のびのびと暮らしたいのです……」
彼女はこう話すと涙を流した。
「ごめんなさい。泣くなんて……」
私は少し慌てて「いいえ、そんなこと……でも、つらいですね。家族が亡くなると」
彼女は意外そうに言った。「えっ、違います、父は元気ですよ」
「あ、すいません。いや、てっきり……」
彼女はカバンから猫缶を取り出すと、開けて地面に置いた。すると、大きな猫が1匹、草むらから姿を現し、のそのそと歩いてきた。
「お父さん、この人、さっき知り合いになった人」
大きな猫は私をみると全身の毛を逆立て、背中を丸め「フーッ」と威嚇した。見事な猫背だった。