その日、国立時間移動訓練センター所長は、「昭和探査プロジェクト」の訓練の視察に訪れた政治家たちの案内をしていた。
「ご存知の通り、私たちはついに時間軸移動を実現しました。そして、現在、センターでは第2ステップに取り組んでいます。昭和の探査です。日本がもっとも輝いていた時代、昭和に探査隊を送り、再び日本を偉大にするのが目的です。このセンターでは、オールジャパンで探査隊の候補メンバーの訓練を行なっています」
「どんな訓練かね」 と政治家の一人が尋ねた。
「ひとことで言えば、どんな宇宙飛行士よりも厳しくつらい訓練です。今、実際に進行中の訓練をご覧に入れましょう」
と所長はスクリーンにセンター内のようすを映し出した。そこでは全身に管を挿入した訓練生たちが叫びながらのたうち回っていた。
「時間移動では、重力が拡散するため、全身がちぎれるような激痛と恐怖が時間移動士を襲います。そのさいにパニックにならないよう強靭な精神力を養わねばならないのです」
政治家たちは満足げな表情だった。所長は別の動画に切り替えた。「ですが、最大の困難が待ち受けているのは昭和なのです」
訓練生たちが狭い部屋に閉じ込められているようすが映し出された。すると、部屋の四方に設置されたダクトから煙がモクモクと溢れ出て、たちまち画面を白濁させた。
「これはタバコの煙です!」
「ゴホゴホ! ガハガハ!」 画面から訓練生がむせる音声が聞こえてきた。
「昭和の日本に突入するためにはタバコの煙にどうしても慣れなければなりません」
「ゼーッ! ゼーッ! ゼーハッ、ゼーハッ!」 煙の中で訓練生たちが倒れていくのが見えた。
政治家たちは鼻を鳴らして不満を表明した。
「残念ながら、この訓練をパスした者はまだいないのです。ああ、いかに私たちは軟弱になったことでしょうか。いかに昭和の日本人が強靭だったことでしょうか」
「ヒュー、ヒュー、ヒー……ヒー……」 窒息した訓練生たちはぴくりとも動かなかった。
一人の政治家が声を上げた。「もっと、訓練生が必要だ! 日本を偉大にするためにはしかたがないではないか!」 たちまち、賛同の拍手が沸き起こった。
所長はこれを聞くと満足げに画面を消し、政治家たちを喫煙所に案内した。