苦い文学

思い違い

その男は、愛する女性の面影を抱き続けて、旅を続けていた。

晴れの日も、雨の日も、夏の暑い日も、冬の寒い日も、蒸す日も風の日も、ひとりでてくてく歩き続けていた。

歩きながら男はいくども思った。

「友達以上恋人未満の長い距離を踏破して、恋人の地点に達するまで、まだまだ歩かねば! 晴れて恋人となって、懐かしい故郷に戻り、あの人の傍で安らうまで、どんなに厳しい旅でも諦めないぞ!」

はじめは楽しい話し相手だったその女性が、男にとって不意に愛おしい存在として立ち現れたとき、彼は悟ったのだ。自分はいま、友達を踏み越えて、恋人へと至る過程にいると。

なんとしても辿り着かねばならぬ、そう決心した男は、ある夜、故郷を出て旅を始めた。誰にも、彼女にすら告げずに……。

それから、長い歳月が経った。旅立ったときには輝いていた顔も、いまやシワとシミにくすんでいた。長年の厳しい旅のせいで、男の体は衰弱し、歩幅も徐々に短くなっていった。そして、もはや一歩も足を動かせなくなったとき、彼は倒れた。

死ぬ瞬間、男は自分がとんでもない思い違いをしでかしたような気がしたが、それがどんなのだったか、もうわからなかった。