苦い文学

流れ去るもの

この歳になってようやく気がついたのですが、すべてのものは変わりゆき、同じものなどなにひとつないのですね。

もしこの真実を早めに悟っていれば、僕の人生ももっとマシなものになっていたかもしれません。

とはいえ、機会はいつだってあったのです。子どもの頃、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず云々」を読んだとき、どうして僕は理解しなかったのでしょうか。

さらに、貴兄の愛してやまないジョージ・ハリスンの「ALL THINGS MUST PASS」を若い頃からあれほど聞いたにもかかかわらず、その真実は僕の心にまったく響かなかったのです。

ですが、今になって後悔しても遅いのです。肝心の僕の人生そのものがすべて過ぎ去ってしまった今となっては。

しかも、お笑いください。このような死を待つばかりの身となっても、僕はすべてが流れ去るという事実から顔を背けていたいのです。

なんと愚かなことか、とお思いでしょうね、きっと。なにしろ僕自身も呆れているくらいなのですから。

ですので、この途方もない愚かさに免じて、貴兄より毎年お誘いいただいている「夏の流しそうめん大会」を、今年のみならず、来年も再来年もずっと固辞させていただくことをお許しください。