苦い文学

閉じ込め

この夏、近くのショッピングモールに車で行った。駐車場に車を止め、降りてドアを閉めたとき、見知らぬ男に声をかけられた。

「ちょっと待って!」

警備員のように見えた。もしかしたら間違ったところに駐車したかと思い、ドギマギしていると、男は「ちょっとドアを開けなさい」と高圧的に言ってきた。

「なんでですか」

「いや、だから早く開けなさい!」

「だから、その理由を聞いているのです」と私はムッとして尋ねた。

「理由も何もない! 危ないんだ!」 男は私を押し退けると、ドアハンドルに手をかけ、ガタガタさせて開けようとした。

「ちょっと何をするんです」 突き飛ばすと、男は怒鳴った。

「今この瞬間にも中で子どもが死ぬかも知れないんだ!」

「子どもなんていない!」

だが男は食い下がった。「いや、いる! この暑いなか、買い物の間に車に中に放置されてたらまちがいなく熱中症で死ぬぞ! 苦しんで、泣きわめいて、だれにも気づかれずに!」

男は叫び始めた。「助けてください! 子どもが車に閉じ込められています! 助けてください!」

通りかかった人々が叫びを聞きつけてこっちにやってくるのが見えた。私はしかたなくドアを開けた。男は車内をじっくり見て、子どもがいないと納得すると「ああ、助かった」と言って立ち去った。

不愉快な気持ちのまま買い物を済ませ、駐車場に戻った。するとなにやら騒然として、人だかりができている。救急車も止まっている。

「車に閉じ込められていたんだそうだ!」「危うく助けられたって!」 人だかりに入り込むとそんな声が聞こえた。

もしや、あの男が救出したのか。自分の感じた不愉快も、これで埋め合わせがついたかのような気がした。

すると、あの男が担架に乗せられて救急車に運び込まれるのが見えた。ぐったりしていた。

勝手に車に入って閉じ込められたと勘違いして卒倒したそうだ。