苦い文学

キャップ

9月7日の記者会見はまさに歴史的なものであり、会見が始まったその瞬間から、1日以上経った今でも多くの人が意見や感想、あるいは批判をメディアで表明している。

そして、まさにその会見にたまたま立ち会っていたこの私もやはり自分なりの見解を記すべきだと思う。

会見に臨んだのはひとりの女性と二人の男性であった。女性のほうは髪が長く、男性たちはこざっぱりとした身なりであった。

ただ一点、変わっていたのは3人ともキャップをかぶっていたことだった。

まず女性が沈痛な顔つきで語り始めた。

「私たちはキャップをこよなく愛する仲間たちの代表としてこの場に来ています。今、私たちは大きな危機に直面しております」

この後を男性が引き継いだ。

「キャップは野球選手と野球好きの子どもがかぶるものであり、いい大人がかぶるものではないとされてきました。

「かつては『大人でキャップをかぶっているのは、野球選手か変質者に決まっている』などと心無いことを言われたものでした。ですが、私たちは立派な大人でもキャップをかぶれる、かぶったっていいんだ、ということを身をもって示してきたのです。

「最近では偏見もだいぶなくなり、うれしいことに大人でもキャップをかぶろうというかたがずいぶん増えているようです」

そしてもうひとりの男性がマイクを取った。

「そんな時に何でしょうか。人類史上、もっとも愚かな性犯罪者がキャップをかぶっている写真がメディアで大々的取り上げられているのです! テレビ、雑誌、ネットでさんざん繰り返され、善良なる市民、とくに子どもたちに偏見を植え付けています。大人でキャップをかぶるのは変質者でもなんでもない、と偏見をなくすべく頑張ってきた私たちの努力が水の泡です。

「メディアのかたにお願いしたいのは、いますぐあの写真の使用を停止してくださいということです」

この要望ののち、質問の時間が設けられたが、質問する記者はひとりもいなかった。というか、記者たちみんなとっくにいなくなっていた。

3人は無念の表情を浮かべていたが、この問題もまた日本のマスコミが真面目に取り上げるには30年ばかり早すぎたというべきであろう。