苦い文学

レトルト効果

今世紀最大の発見といえばレトルト効果だろう。時間の多元性が明らかになったのだ。

平たくいえば、私たちの世界には複数の速度の違う時間が流れているということだ。これは歴史的な大発見だが、実にささいな日常的な経験から導き出された事実でもある。

みなさんはこんな経験はないだろうか。

レトルト食品を買いしばらく放置したのち、その存在を思い出し、慌てて賞味期限を見る。すると、賞味期限切れまで、例えば、あと2ヶ月ある。あなたはまだまだ時間はあると思って再び放置する。だが、次にその存在を思い出すのは、例えば、4ヶ月後、つまり賞味期限を2ヶ月も過ぎたあとなのだ。

どうしてこんなことが起きるのだろうか?

この問題に取り組んだのが、都内在住の物理学者、吉田六郎さんだ。レトルトカレー好きの吉田さんは、何度も実験を繰り返し、ついに以下の事実を明らかにした。

1)レトルトを中心に時空が歪んでおり、そのレトルト空間では時間の流れが遅くなる。それゆえ、レトルトの時間感覚で2ヶ月も経っていないと感じていても、実際には4ヶ月も経過しているのだ。

2)レトルト空間の時間の流れの遅さを利用すれば、未来への旅が可能となる。これがレトルト効果だ。

3)さらなる実験の結果、レトルト効果の大きさは、レトルトの大きさに比例することがわかった。

そこで、吉田さんはレトルト効果の実用化に打ち込み、ついに1年で10年先に進むことのできる巨大レトルトを開発した。

吉田さんはこう語る。「このレトルトでは、まだまだ賞味期限が1年あると思っていると、次に発見するのは10年後ということになります。ですが、実はレトルト内では1年しか経っていないのです」

さっそくレトルト内で1年過ごすパイロットが選ばれ、先日レトルト内に密封された。いよいよ密封というとき、吉田さんは、この時空の旅人にこう語りかけた。

「では10年後の世界でお会いしましょう。もっともあなたはひとつしか年をとっていないはずですが」

私たちもこの実験に興味津々だが、そのいっぽう吉田さんがレトルト密封後、何気なく漏らした「肉がゴロゴロ入ってる」のほうが気になっている。