苦い文学

ギターの力(1)

「現代日本の未婚率の高さ、そしてそれにともなう出生率の低さ、これらはすべて恋愛できない若者が原因です」

と吉田博士は聴衆に語りかけた。

「換言すれば、若者が恋愛しさえすればすべて問題が解決するのです。では、若者に恋愛をさせるにはどうしたらよいでしょうか。現在さまざまな試みがなされていますが、私はあるものに着目しました」

博士は助手に指示を出し、布に覆われたものが壇上に運び込まれた。

「ご覧ください」と博士は布を取り払った。

そこにはフォークギターがあった。聴衆から「うおお」とどよめきがあがった。博士は自信たっぷりに口を開いた。

「古代日本の歌垣を引き合いに出すまでもなく、恋愛には歌がつきものでした。私たちの若い頃を思い出しても、歌は恋の始まりとなったものでした。ですが、どうでしょう。現代には若者たちが集って声を合わせて歌う機会が失われてしまっているのです」

博士は聴衆の心を見透かしたかのように付け加えた。

「カラオケがある、とおっしゃるかたもいるかもしれません。ですが、あれはあるいは『歌う』のではなく『歌わされている』のではありますまいか。いずれにせよ、私はカラオケを、私たちが求める若者の歌の集いとみなすことには断固として反対します」

博士は助手に合図した。すると博士の背後の巨大なモニターに一群の若者たちが映し出された。

「これらは私が、山のキャンプ場に集めた若者たちです。どの男女も恋愛経験ゼロ、このままいけば一生未婚であると推定される若者たちです。私がこれから皆さんにご覧にいれるのは壮大な実験です。

「若者たちの間に一本のフォークギターを投げ入れ、このギターの力でもって若者たちに歌を呼び起こし、恋愛をさせるのです!」

博士がこう激しい口調で語ったとき、聴衆は「平和ではなく、剣を投げ込むためにきたのである」という聖書の一節を想起し、思わず身震いしたのだった。