むかしむかし、ひとりの娘がいた。
娘は笛吹きがお気に入りで、よく笛の音を聞きに行ったものだったが、あるときその笛吹きが犬を蹴っているのを見かけた。娘は怒って言った。
「もう聞かない」
また、芝居小屋の主に弱い者いじめの過去が明らかになった。娘はよく芝居を見に行ったものだったが、こう言った。
「もう見ない」
今度は芸能人のダブル不倫が発覚した。娘は言った。
「もうファン辞めた」
テレビ局も時に間違いを犯す。だが、娘は厳しかった。
「もう見ない」
そしてこの世では誰もが失敗をする。駅員の対応が悪ければ「もう乗らない」。銀行で待たされれば「もう使わない」。学校でイヤミを言われれば「もう行かない」。回転寿司で誰かがいたずらをすれば、「もう食べない」
そんなこんなで行くところもなくなった。
家にこもっていると、だんだんイライラがつのる。落ち着こうとミルクを注いでいると、うっかり手もとがくるって、ミルクがこぼれてしまった。娘は右手に言った。
「もう使わない」
右利きだったから、左手だけでは何もできない。そんなわけで左手にも「もう使わない」
両手がなくて何ができよう。歩こうとしてバランスを崩して倒れると、足に向かって「もう使わない」
ジタバタしながら娘は次々に宣言していった。「もう見ない!」「もう聞かない!」「もう考えない!」
そしてもう何もできなくなったので、じっとしていた。
見かねた母親が、どこかから車椅子を見つけてきて、動くことも、もの言うこともできない娘を乗せると、市役所に行って尋ねた。
「娘を障がい者として認めてください」
担当者は即座に返事をした。「 NO です」
これを聞くと母親は泣きながら「NO、NO、NO、NO、NO」と歌い出した。
すると、その歌に合わせて娘が踊り出したではないか。しかも、高らかに歌い出した。
なんとすばらしい歌と踊りだろう。人々は娘に拍手喝采した。
だが、市の担当者は、2人を追い出すと、難しい問題を抱えた人のために働きはじめた。