苦い文学

携帯ショップ(1)

ある若者がひとりで山歩きに出かけ、道に迷ってしまった。降りているといつの間にか登っている。登っているとだんだんと降りている。とうとう疲労困憊し動けなくなった。

夜になった。暗闇の中でじっとしていたが、遠くのほうで光が輝いているのに気がついた。若者は力を振り絞ってその光に向かった。

歩みを進めるにつれて光は大きくなり、ついにその前に辿り着いた。それは携帯ショップであった。

若者は喜びのあまり「こんな山奥になぜ」とも思わずに自動ドアを開けて入った。店内には携帯がディスプレイされて並んでいる。若者は誰かいないか声をかけたが返事はなかった。

店内をぶらぶらしていると、若者はおかしなことに気がついた。すべての携帯の待ち受け画面が人の顔になっているのだった。

ある携帯はひとりの男の顔だった。別の携帯は老人。また別の携帯は子ども。どの携帯も、違った顔が待ち受け画面になっていたのだった。

若者がこれらの異様な携帯を見ていると、誰かが話す声が聞こえた。若者はとっさに展示台の下に隠れた。