苦い文学

マスク派の逆転

近頃は、マスクを外して歩く人がどんどん多くなっている。また、都内に出るとマスクをつけていない外国人観光客でいっぱいだ。

これからもっと暑くなるから、ますます脱マスク派は増えていくことだろう、そんなふうに思っていたら、マスクをつけた謎の集団が出現し、駅や繁華街で「マスクを外すな!」と声高に訴え出した。道ゆく人にマスクも配布している。

その訴えるところはこうだ。

「我々は、コロナ禍の間じゅう、政府の要請に従い、しっかりマスクをつけてきた者である。そして、コロナ禍の終わりの見えたころに厚労省が出した『マスクの着用は、個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本』という方針にも賛同し、脱マスクの先駆けとならんと志してきた。しかし、今、我々はこの方針にもかかわらず、マスクをつけるべきだ、との結論に至った。

「その理由は、コロナ禍の最中、マスクを拒否し、それどころかマスクをつける我々をあざ笑ってきた連中、そして、そのことによってコロナを防ぐどころかコロナの跋扈に手を貸してきた陰謀論者が、こう言うのを聞いたからである! 『結局、みんなマスクを外しているではないか。マスクなど意味のないことは初めからわかりきっているのだ』

「あきれたことに、連中は、我々がマスク着用を通じて得たコロナに対する勝利を直視するかわりに、愚かにも『ほれ見たことか』と我々を嘲笑しているのである! そこで、我々はこう決意した。今、マスクを外すことは陰謀論を利することにほかならぬ、と。なぜならば、陰謀論はコロナよりももっと恐ろしい疫病であり、それがもたらす死者もコロナの比ではないからである!」

この逆上ぶりに市民は不安がるばかりだったが、実際にはそう心配するに及ばなかった。というのも、新たな陰謀論がでまわり、これを信じた陰謀論者たちがいっせいに外に飛び出してこう叫んだからだ。

「外国勢力が日本人にマスクを外させることで属国化しようとしている! マスクをつけろ! 脱マスクは反日!」

件のカルトじみた反脱マスク集団は、たちまちもとどおりの穏健な脱マスク派に転じ、それぞれの手堅い暮らしに帰っていった。