苦い文学

レジ前のはずかしめ

現在、コンビニで電子マネーで支払うとき、2つの方式がある。

ひとつは支払うときに、レジについたスクリーンで支払い方を選ぶ方式だ。

スクリーンには、「現金」、「クレジットカード」、「交通系 IC カード」などのボタンが並び、そこから選ぶのだ。たとえば私はいつも Suica だから、「交通系」を押して、カードリーダーにかざす。

もうひとつの方式では、レジで店員に言わねばならない。

店員「お支払いは?」

私「Suica で」

すると、店員がレジの操作をして、カードリーダーが光る。そこに私はカードをかざすのだ。

問題は、この2つの方式が混在していて、どのコンビニではどちらを採用しているかがわからないことだ。

申告制だと気づかずに、ぼんやりレジの前で待っていることもある。

スクリーンで自分で選択する方式なのに、「Suica で」と店員に宣言してしまうのも恥ずかしい。店員に「この人はシステム音痴だ」という顔で、スクリーンの存在を教えられるのも悔しいことだ。

ここで、自分で選択する方式のレジのあるコンビニでは、店員は、客の支払い方法を選択するという業務を、客に代わりにやらせていると、考えるとしよう。

すると客も、店員の時給の一部を受け取る権利があるということになる。なのにこれが支払われたなどという話は聞いたことがない。つまり私たちは不当に搾取されているのだ。

私は資本家どもからこれら不当な利益を奪い返したい。そして、その金を、レジ前のはずかしめによって心を傷つけられた人々を癒すための基金としたい。