苦い文学

カッパの忠告

日本のみなさま

突然のお手紙、失礼いたします。

私どもはカッパでございます。私どもは、みなさま日本人との間に起きたとある出来事により悲しみと悔しさを感じており、この気持ちを包み隠さず申し上げたくお便りする次第でございます。

私どもカッパは古くからこの日本に暮らすものでして、みなさま日本の方々とひそかに共存してまいりました。私どもの住処は水中にてございます。普段は、水にたゆたい、空腹になると魚や藻などを食す、のどかな暮らしをしておりますが、ときおり観光に出かけます。

観光と言いますのは、日本のみなさまの世界にお邪魔することでして、私どもカッパは姿を人間に変えて日本観光を楽しむのでございます。

先日、その観光の最中に、まことに悲しむべきことが起きました。もともとは私どもカッパの不注意に端を発するものでしたが、事態は悲惨な方向に進んで行ったのでございます。

私どもカッパの若者たちが、みなさまの回転寿司で迷惑行為を行ったとして、乱暴狼藉の被害者となったのです。

私どもカッパは、寿司、特にカッパ巻きが大好物でございます。あまりに好き過ぎて、この寿司にちなんでカッパと自称するようになったほどです。

それぐらい大好物なものですから、カッパの若者たちはさっそく回転寿司でカッパ巻きを注文して次から次へと平らげました。ここで申し上げておきたいのは、これらカッパの若者たちはそもそも未熟なものどもですが、はじめての日本旅行ということもあり、すっかり夢中になり、人間の姿を失ってカッパに戻ってしまったのです。

すると、とんでもない悲劇が持ち上がりました。周囲にいる日本人の方々が、カッパの若者たちを捕まえ、殴り、足蹴にしたのです。そのさいに人々はこのように叫んでいたとのことです。

「こいつら、頭に皿を乗せているぞ! とんでもない迷惑行為だ!」「晒せ! 晒せ!」「損害賠償だ!」

私どもカッパの若者たちは、あまりの出来事に恐れ慄きましたが、幸いにもカッパならではの素早さで逃げることができました。さもなければ、殺されていたことでしょう。

これは確かに悲しい出来事です。ですが、私どもカッパが本当に悲しく悔しいのはこんなことではありません。

なによりも悲しかったのは、日本のみなさんに見えていたのが、迷惑行為だけだったということです。私どもカッパの本物をその目で目撃したにもかかわらず、みなさんは驚きもせず、恐れもしませんでした。つまり、まったく見えていなかったのです。

いったい、日本のみなさんはどうしてしまったのでしょうか。みなさんは迷惑行為しか見えなくなった、ということなのでしょうか。

もはや私たちカッパを怖がったり、面白がったりした、かつての古き良き日本人はいなくなってしまったのでしょうか。

吊し上げて晒すのは、干物だけで十分ではありますまいか。