苦い文学

AI 時代の隠者(1)

AI から隠れたひとりの男がいる。

その人は、自分について電子的に記録された、あるいは記録されうるすべての事柄、つまり経歴、公的記録、写真、メッセージなどの情報が AI に学習・利用されないように消去し、そのうえで AI の手の届かない人里離れた僻地に暮らしているという。

私はサミュエル・バトラーの『エレホン』を手がかりに、その人物の居場所を突き止め、単独取材を敢行した。

木造の粗末な家にひとり住む彼は、私の来訪を快く受け入れてくれ、その暮らしぶりを包み隠さずみせてくれた。

「ここにはインターネットはもちろん電話もありませんから、もっぱらすることといえば自給自足のための農作業、そして読書ぐらいです」

「不便はない、ということでしょうか」

「いいえ、不便なことは不便です。ですが、どんなに便利であろうと、 AI の餌になることだけはごめんです」

「AI の餌?」

「AI の学習のための素材ということですよ。人生が最終的には AI に学習されるためだけだとしたら、それに何の意味があるでしょうか。私たちの生は、ネットの情報以上のなにものかでなくてはなりません」

私は彼の考えに感銘を受け、また彼が作ってくれた AI フリーの食事にも感心したのであった。