苦い文学

乗客を救え!

庶民の生活を見るために電車に乗っていた大富豪は、ある光景に目をとめた。

座席に座っている乗客が隣で居眠りしている人に寄りかかられているのだった。その人はいかにも迷惑という表情だったが、肘で突き飛ばすわけにもいかずじっと我慢していた。

この様子に心を痛めた大富豪は、財団の研究員たちに対策を練るように命じた。

研究員たちは寝ずに研究に打ち込み、数ヶ月後、大富豪のもとに2枚のシートを持ってやってきた。

「このシートを肩に貼れば、寄りかかってくる人はいなくなります」

大富豪はなんでも自分が一番でないと気が済まなかったから、誰よりも先にそのシートを試したくなった。そこで、早速両肩にシートを貼り付け、研究員たちを率いて電車に乗り込んだ。

大富豪は7人掛けのシートに腰掛け、その両脇に研究員が座った。電車が走り出し、こぎみよく揺れ出すと、徹夜続きだった研究員はたちまち居眠りを始めた。

ふたりの研究員は頭を揺らし、ゆっくりと大富豪のほうに体を傾けていった。

「もうそろそろだぞ」

向かいの座席で観察していた研究員たちが言った。

電車ががたりと揺れ、2人の研究員の頭が、大富豪の肩に倒れかかった。すると、その瞬間、研究員の2つの頭は肩から弾かれた。肩に貼られたシートの反発力が、もたれかかった頭を瞬時にはね除けたのだ。

「うまくいったぞ!」

研究員たちは喜んだ。

その後も、両脇の研究員が寄りかかろうとするたびに、反発シートが作動し、頭を何度も弾きとばした。大富豪も反発シートの効果に満足したのか、前にいる研究員に向かってほほえんでみせた。

大富豪たちが電車に乗り込んで、1時間以上経っていた。今度は大富豪が眠気を感じた。しばらく我慢していたが、眠気には勝てず眠ってしまった。大富豪は頭をぐらぐら動かし始め、やがて頭を右にがくりと傾けた。そのときだった。恐ろしいことが起きたのは。

右肩に貼られたシートが大富豪の頭に反発したのだ。大富豪の頭はたちまち左に倒れた。すると、その瞬間、左のシートの反発力が作動し、右に突き飛ばした。だが、右の反発シートがそれを許さない。すぐに左に弾く。すると左でも弾かれる。結果として大富豪の頭は右、左、右、左と激しく揺れ動くこととなった。

大富豪は頭を左右に振りながら目を覚ました。奇声を発しながら両手をあげて頭を抑えようとするが、その両手も弾かれてしまう。

「これはただごとではない」

研究員たちは大富豪に駆け寄り、非常な苦労のすえ、反発シートを無効化した。だが、そのときには大富豪は意識を失ってしまっていた。

翌日、病院で目を覚ました大富豪は、頭を左右に振りながら、反発シートを処分するように研究員たちに命じた。