苦い文学

つらい思い出

誰にでもつらい思い出がある。そして、あまりにもつらいので心の奥地にその思い出を追いやってしまう。そうすれば、つらい出来事などまるでなかったのようにふるまえるからだ。

しかし、体が疲れていたり、心がストレスでいっぱいだったりすると、心の奥地では餌がなくなってしまう。そこで、つらい思い出は餌を求めて人里近くまで降りてくる。

つらい思い出は餌を探してうろつきまわり、見つけたものを手当たり次第に食い荒らす。美しい思い出も、楽しい記憶も、無惨に食い散らかされる。たわわに実った夢もみなもぎ取られてしまう。収穫前の自尊心もつらい思い出に踏みにじられて、もう売り物にならない。被害総額は莫大だ。しかも、つらい思い出はこれに味をしめ、たびたび人里に出没するようになる。

こうなるともうつらい思い出を駆除するしか方法はない。地元の猟友会が銃を片手に山に入り、目撃情報を手がかりに獲物を追跡し、仕留めにかかる。

彼らは銃を撃つ。あっちで、こっちで、銃を撃つ。つらい思い出はすばやく逃げまわり、身をひそめる。

山に銃声が響く。「ガーン」 こだまとなっていつまでも鳴り続ける。「ガーン……」

何発目かの弾がつらい思い出をしとめる。これで一安心だ。思い出と自尊心の回復が進む。

だがやがて、今度は恥ずかしい思い出が山を降りてくる。