否定文や否定疑問文が強い肯定を表すときがある。
「言わなかった?」というのは「絶対に言ったよ」という意味だ。「言ったじゃん」とか「言ったじゃない」もそうだ。もともとは「言ったではないか」だと考えられるが、その意味するところは「言ったよ」ということだ。
これらにおいて、否定が肯定となるのは「言わなかった? いや、言ったよ」という反語が根底にあるからだろう。
似たような例は韓国語にもある。 -잖다 には否定辞が含まれるが、そのまま日本語の「〜じゃない」と訳せるようだ。
他の言語にも同様の例がある。いずれもただ肯定になるというよりも、話し手が絶対的な確信を持っている事柄について述べる「強い肯定」だ。
肯定否定が逆転するこうした現象を「黙阿弥現象」という。
黙阿弥は幕末から明治にかけての歌舞伎作者で、悪人が出てくる作品をよく書いた。そして、その悪人はドラマの終盤で改心して善行を行うのだが、そこで決まって「悪に強きは善にも強し」というセリフが出てくる。極悪人はひとたび善を行うとなったら徹底しているという意味だ。
強い悪が強い善に逆転するというのを、肯定否定の逆転現象にあてはめて「黙阿弥現象」としたのである。
この用語を使い出したのは私で、いつかというと今で、今後はたぶん使わないだろう。