苦い文学

カーッペッ!

「カーッペッ!」と喉を鳴らす音も高らかに勢いよく痰を吐くのは、吉田二郎さん。「ここまで来るのにずいぶん苦労しました」とスッキリした顔で微笑みます。

吉田さんが痰吐き技術の再現に取り組んだのはおよそ2年前のこと。たまたま訪れた山奥で、勢いよく痰を吐く老人たちに出会ったのがきっかけでした。

「昔は東京のどこでも痰を吐く人を見かけたものでした。ですが今は……」と肩を落とします。

痰吐き衰退の原因について専門家はこう述べます。

「都会から痰吐きが姿を消した要因は、健康状態の改善、大気汚染の解消、社会の衛生化の傾向、喫煙率の低下などが挙げられる。つまり、現代ほど痰が絡みにくい時代はかつてなかったのである」

そこで吉田さんが思いついたのが、痰吐きの復活でした。今では、吉田さんの活動に共感する仲間たちが集まって、痰吐きの技を磨き合うようになりました。

「カーッペッ!」「お! 上手上手!」「いやそれほどでも」「じゃあ、今度は痰壺めがけてやってみようか」

「昔はどの駅にも必ず痰壺が置いてあったものです」と吉田さんは懐かしそうに語ります。「あの頃は日本が元気でした。その元気の象徴が痰吐きだったのです。これを次世代に伝えていくのが私たちの役目です」

近いうち、東京のあちこちで「カーッペッ!」という威勢のいい音が聞こえるようになるかもしれません。