苦い文学

終末の鐘

私たちの社会ほど、子どもを憎んでいる社会はない。

ありとあらゆる知恵と技術と科学を動員して、子どもを苦しめることに夢中になっているのだ。

口を開こうものなら、うるさいと怒鳴りつけられる。元気よく走れば、騒がしい、とナイフ片手に脅される。どこに行っても厄介者扱いで、居場所はない。学校ではいじめや体罰が教育委員会のお墨付きで横行してる。

外を歩けば、老人が車で突っ込んでやろうと待ち構えてる。声をかけてくるのは、変質者か変態か性犯罪者か誘拐犯だ。これら剣呑な連中からどうにかこうにか逃げたと思ったら、車の中に閉じ込められて蒸し焼きになる始末。

便利であるべき携帯電話、パソコン、ゲーム、ありとあらゆる先端技術が、相手が子どもとなるととたんに牙を向く。子どもの未熟な脳を利用し、金を奪い、知性と精力を消耗させにかかるのだ。そして、ふらふらなった頭のたどり着く先は、電車への飛び込みか、犯罪の片棒担ぎだ。

世界中いたるところ、子どもの叫びが、まるでこの世の終わりの鐘みたいに鳴り響いている。

こんなでは、産まれないほうがマシではないか。少子化も当然ではないか。そして、産まれたとしても、ちょっと見ない間に、すぐ大人になってしまうのも当然ではないか。