苦い文学

イヌグラティチュード

最近、ようやく暖かくなってきたので、公園で日向ぼっこしていたら、散歩に連れられてきたイヌたちの会話が聞こえてきた(今年に入ってはじめてだ)。

毛並みのいいの「まったく、なんだってんだ、あのハチ公ってのは。どいつもこいつもチヤホヤしやがって」

背の低い茶色の「ああ、あの忠犬とやらな。聞いて呆れるよ、飼い主を待ち続けてただけでさ。あんなの、我々ならだれだってできるっての」

白くてフサフサしたの「まったくだ」

毛並みのいいの「だいいち、駅で待ち続けようにも、昔と違って我々はリードがあるから、勝手に出歩くことが許されないのだ」

背の低い茶色の「そのとおり、まさにリードが忠犬を絶滅に追いやっているのだ。もし、リードなどなければ、我々がどれくらい忠犬か、そりゃみな仰天するはずさ」

毛並みのいいの「それに、あんな安っぽい銅像などこっちから願い下げさ、我々なら、奈良美智製作の高級オブジェでなきゃ」

白くてフサフサしたの「まったくだ」

毛並みのいいの「しかも、たとえリードがなくても、こっちの駅ときたら、渋谷とは比べ物にならん。そんな寂れた駅でかりにハチ公が待ち続けてたとしても、誰も気がつかないし、追っ払われるのが関の山さ」

背の低い茶色の「そうそう、俺の飼い主など、自動車通勤だから。どこで待てばいいってのさ」

白くてフサフサしたの「俺の飼い主は無職だ」(とがっくり。)

毛並みのいいの「だが最大の問題は、飼い主が生きてるということだ。そのせいで、忠犬チャンスを奪われているかと思うと、もうイライラするね」

背の低い茶色の「いっそひと思いに殺してくれようか! そうすれば明日にでも忠犬ぶりを発揮できるというのに!」

イヌたちこの言葉に大いに賛意を示し、自分たちが忠誠心と殺意を同時に抱いている飼い主たちにリードで引っ張られて、町のどこかの暗がりに消えていった。