苦い文学

一流の耳

トップクラスのフィギュアスケート選手になるためには何が必要だろうか?

バランス力、筋力、柔軟性、瞬発力、しなやかさ、精神力、克己心、努力……どれも大事だろう。

だが、いちばん必要なのは、耳だと私は思う。

どんなにダサい音楽だろうと、朝から晩まで聴いてもへこたれない強靭な耳だ。

実際、普通の人だったら、フィギュアスケートで流れる音楽を聴くことに耐えられないだろう。

出だしはポロンと始まって、次第におおげさに盛り上がって、情感たっぷりに歌い上げたあげく、最高潮では決まってドガジャーンとシンバルが打ち鳴らされる、あのダサい音楽は、いったいどこで配信されているのだろうか? 

フィギュアスケート選手だけに特別にダサい音楽が流してくれる有線放送でもあるのだろうか? 

私はどこの街のどんなところにいようとも、フィギュアスケート場を探し当てることができる気がする。ダサい音楽が流れてさえいればだ!

「フィギュアスケート選手を目指す諸君! この世界で一流になろうと思うのならば、かっこいい音楽は諦めることだ! スミスもデヴィッド・シルビアンもいっさい忘れたまえ!」

「コーチ! 山田がこっそりテレヴィジョンを聞いていました!」

「なに! ミート・ローフを全曲聴き終わるまでウサギ跳びだ!」