苦い文学

無念のマスク

今日からマスク着用は個人の判断に委ねられることになった。だが、だからといって、コロナがなくなったわけではない。私もそうだったが、道ゆく人はほとんどマスクをつけていた。

今日は駅で友人と待ち合わせしていたのだった。駅に着くと、友人が先に来ている。そして、私は驚いた。彼がマスクをつけていたのだ。

コロナが始まって以来、マスクの着用を断固として拒否してきた彼だというのにだ。

いったいどういう風の吹き回しだろうか。もしかしたら、その風が彼のところにまともな分別を運んできたのかもしれない。

「どうしたの。マスクなんかしちゃって」

「……」

「花粉症?」

「……」

「マスクをあんなに馬鹿にしてたじゃん」 こう言うと彼はいらだちを顔に浮かべながらマスクを外した。

彼が無言でそのまま立っているので、私もその隣に並んだ。せわしなく歩く人々は皆マスクをつけていて、彼のほうをチラチラ見て通り過ぎる。私は気がついた。人々の様子が違うのだ。かつて人々はマスクをつけていない彼を見ると、ギョッとしたり、怪しんだり、恐れたりしたものだった。だが、今日は誰もがニヤニヤしたり、憐れむような目つきなのだった。

そのうち隣からコソコソ声が聞こえてきた。「あー、やってるやってる」 見ると若者たちが私たちのほうを見て囁いていた。「解禁されたから調子に乗っちゃって!」「はしゃいじゃって!」

すると別のほうで「ミーハー!」とくすくす笑う声が聞こえた。

二人組が「真っ先に政府の言うこと聞てやんの! 真面目くんだ!」と言いながら通り過ぎていく。

「恥ずっ」 振り向くと女の子たちが腹を抱えて笑っていた……。

彼は無念至極といった顔つきで再びマスクをつけた。私はもうニヤニヤしどおしだったが、マスクがしっかり隠してくれた。