ずっと昔のことです、私の家の郵便受けに小さな手紙が入っていました。
開けてみるとやっぱり小さな文字で「どうぞわたしの家においでください。待ってます」と書いてあります。
「あの人がこんなことを?」と私は首を傾げながら、ジャケツをはおると、森の中をずんずん歩いて、小さな家の扉を叩きました。
その人はうれしげな声をあげて私を招き入れてくれました。私たちはソップを飲みながら、あれこれおしゃべりしました。でも、二人の心の中にはなんだか別の言いたいことがあって、いつしか黙ってしまうのでした。
私は決心して言いました。「どうして家に呼んでくれたのかい」
その人はしばらくむずかしい顔をしてこんなふうに言いました。
「もう、招かれるのはいやなんだ。これからは招くのさ。いつだってみんな勝手に私を呼んで、勝手に私に罪を押し付けるんだもの。そんな自分勝手な人たちはこっちから願い下げさ」
私は何も言いませんでした。その悲しみが痛いほどよくわかったからです。
それで、夕方になって立ち去るとき、こんなふうに言ったのでした。
「いつでも呼んでくれたまえ。すぐに来るよ」
だけど、招待状が再び来ることはありませんでした。もとに戻ってしまったのです。
それから何年も経ちました。その人は今も相変わらず招かれ続けています。もちろん、私はそれを責めたりなんかできません。
ただ、愚かな政治家たちが「誤解を招いたことを謝罪する」と発言するのを聞くたびに、ちょっとだけ悲しくなるのです。