苦い文学

泥酔者を救え!

酔っ払って路上で寝てしまった人が車に轢かれる痛ましい事故が相次ぎ、心を痛めた大富豪は、財団の研究員たちに対策を練るように命じた。

研究員たちは完成するまでは飲み会を開かぬ覚悟でつらい研究に打ち込み、数ヶ月後、大富豪のもとに小瓶を持ってやってきた。

「飲み会の前に、これを飲めば、不幸な事故はなくなります」

大富豪はなんでも自分が一番でないと気が済まなかったから、誰よりも先にその小瓶の中の液体を飲み干した。そして、研究員たちを率いて夜の街へと繰り出した。

もっとも、酒を飲んだのは大富豪だけだった。研究員たちは完成後に自分たちだけで心置きなく打ち上げを開こうと計画していたのだった。だから彼らは、ハイのほうではないウーロン茶、ジャスミン茶、トウモロコシ茶などで喉を潤しながら、次第に進行していく大富豪の酔いの観察に徹していた。

大富豪は、しこたま飲み、しこたま歌い、しこたまクダを巻いたのち、ばたりとテーブルに突っ伏した。

「いまだ」

研究員たちは大富豪を取り囲むと、手足を持ち上げて、店から幹線道路に運び出した。そして、大富豪を路肩に転がすと、遠巻きになって観察を続けた。

そこに車がやってきた。寝ている大富豪に気が付かないのか、車は減速もせずに接近した。轢かれる、と思ったその瞬間、大富豪がさっと寝返りを打った。

研究員たちは歓声を上げた。車は大富豪の脇を通り過ぎていった。だが、寝返りのせいで大富豪はいまや道の中央に横たわっていた。「本番はこれからだ」と研究員たちは緊張した。

そのとき、別の車が大富豪めがけて突進してきた。あわやと思われたその時、大富豪が寝たまま飛び上がり、車をやり過ごした。「飛んだ」と研究員たちは思わず手を叩いた。大富豪は走りくる無数の車を、まるで風に翻弄されるビニール袋のように巧みにかわしていく。研究員たちはその寝姿に大いに満足した。

やがて朝が来た。大富豪は目覚めると、自分が大きな道路の中央分離帯に倒れているのに気がついた。ふらふらと立ち上がる。全身に激痛が走った。

直ちに研究員たちが駆けつけた。

大富豪の衣服はほとんど擦り切れ、おまけに隠部も露出していた。彼は排気ガスで煤けた顔を研究員たちに向けた。そして、卒倒した。

研究完成の打ち上げにと研究員たちが楽しみにしていた飲み会は中止となった。