苦い文学

雲助

雲助とは、江戸時代、街道交通の荷物や人の輸送を担った労働者の俗称である。これらの労働者は、当時の社会の底辺に位置する人々で、「雲」というのも、これらの人々が「浮雲」のごとく住所定まらない状態であったことに由来すると言われている(田村栄太郎『一揆雲助博徒』)。

雲助は、荷物や駕籠の担ぎ手として当時の社会では不可欠な存在であったが、しばしば雇い主を困らせたり、駕籠の客を騙したりする無頼の徒として描かれてきた。そのため、現代では差別的なニュアンスを持って語られることも多い。

しかし、近年、この雲助の研究が進み、その新たな姿が知られるようになった。雲助は従来知られているように無知で粗暴な集団ではなく、高度に組織化された職人集団であることが明らかになったのである。

彼らの組織は「雲仲間」と呼ばれ、全国の街道の宿々にそのネットワークが張り巡らされていた。このネットワークによって、雲助たちは、どこの宿場でどれだけ人手が足りないかをすぐに把握することができ、顧客のニーズに迅速に対応するとともに、スキマ時間を無駄なく利用することができた。

また、このネットワークを通じて、街道の状態、宿場の混雑状況、参勤交代の規模、荷物と人の動き、ごまのはいの動向などの情報が、雲蔵(くもぐら)という名でデータベース化・見える化され、ビッグデータとして活用されていた。

さらに、雲助稼業に必要な物品(たとえば最新式の駕籠やシューズ)の購入や、雲助関連事業のスータートアップにさいして、全国の雲助から出資金を集めるファンディング・システム(雲講と言われた)も構築されていたという。

当時の社会では「ならず者」として低くみられていた人々が、現在のクラウド・サービスに通じる活動をしていたとは、まことに興味深く思われるのである。