苦い文学

この橋、渡っていくべからず

「(バタバタと)死んでいく」とか「(徐々に)萎びていく」というように、動詞のテ形に「いく」がつながることがある。

ある人がいうには、この「いく」は使うべきではないのだそうだ。

というのも、本当にどこかに「行く」のではないから、おかしいというのだ。正しくは「死んだ」「萎びた」とすべきだという。

だが、この考えはまったくの間違いだ。「(次第に)やせていく」とか「(次々と)倒れていく」の「いく」は「ある過程の進行」や「ある行為の反復」といったものを表しており、移動の「行く」とは区別して考えなくてならない。

それに、仮に、この人の考えが正しいとしたら、我々は「話しておく」とか「食べてみる」とかも言うことができなくなってしまうだろう。なぜなら実際には「置いて」も「見て」もいないのだから。

さて、時はかわって室町時代、将軍足利義満がまたしても一休さんに無理難題をふっかけたようですよ。

「これ、一休、ここにある屏風絵の虎が、夜な夜な屏風を抜け出して、乱暴狼藉を働くので、甚だ迷惑しておる。お前のとんちで退治してみよ」

一休さん、自信たっぷりに答えます。

「将軍さま、さっそく虎を捕まえてみせましょう。では、まずは「抜け出す」の「抜け」を出してください……」