苦い文学

イルミネーション

ビザのないその女性は、東京のどこかで隠れるように暮らしてきた。入管に捕まることも、警察に呼び止められることもなく、影から影を渡るように長い歳月を生き抜いてきた。

平日は朝から晩まで働き、日曜日は教会で祈り歌った。それが彼女の世界のすべてで、ほかに目を向ける余裕などなかった。

2003 年ごろから、人々は難民申請の話をしきりにするようになった。ビザのない外国人は強制送還されるから、難民申請をするしかない、というのだ。彼女にも勧める人がいたが、自分がそんなことをするなど考えられなかった。それに、教会では「難民申請は政府に背く罪だ」という人もいた。

それでも、難民申請をしたという人は増えていった。「強制送還されたら、どんな目に遭うかわかるでしょ」と言われれば、彼女も考え込まずにはいられない。いく度も迷ったすえ、することに決めた。

12 月のある日の午後、準備した書類を持って、品川の入管に行った。長い間待たされたのち、難民申請を受け付けるカウンターで書類を提出した。入管職員は書類を一枚一枚確認し出した。不備が見つかったら、そのまま収容されてしまうのではないか、と恐れたが、無事に受理された。入管を出た時には、もう暗くなっていた。

鞄の中には受理票があった。これがあれば、少なくとも当分は捕まることはなかった。

バスで品川駅に戻ると、駅は金色に輝いていた。よく見るとそこここに電飾が設置されているのだった。

電車に乗ると、光が車窓を通り過ぎていくのが見えた。そして、自分の住む駅に降りた彼女は、駅前の商店街が無数の光に包まれて輝いているのに驚いた。

長年住み慣れた東京がまったく別の姿を見せ始めたことに戸惑いながら、彼女はイルミネーションのなかへと歩いていった。