駅のデッキをぼんやりと歩いていたら、見知らぬ老人に手招きされた。
気がつかないふりをして行ってしまえばよかったのだが、いまさらそれは難しいように思えたので、近くに行った。
老人は、とにかくみすぼらしい身なりだった。インスタに流したら、1秒で貧乏神が「いいね」をつけかねなかった。
「にいちゃん、ヘルプマークって知ってるか」と唇を舐めながら老人が言った。
私が首を振ると「なんだよ、知らねえのか。あれがあっと、みんな助けてくれんんだよ」
話がわからず戸惑っていると、老人は口を歪めて言った。「ちょっとな。探してほしいんだよ。俺にねえかさ」
「ヘルプマークがですか?」
「違うよ、ヘルプしないマークだよ」
「しないマーク?」
「そう、それを持ってると、誰も助けてくれねえんだ。ぴーんと来ちゃったの。もしかしたら、そのせいで、俺もこんなんじゃねえかって。だから探してくれよ」
老人は直立して両手を上げた。しかたないので、身をかがめて探すふりをして言った。「ないようですね……」
「バカ、ちゃんと後ろも見なきゃダメだろ。そんなこともわかんねえのか」
私はしぶしぶ老人の後ろに回った。「ないですよ」
「そうか。ないんだな。じゃあいいよ。あっち行けよ」
私は足早に立ち去った。
……いや、「ない」と答えるしかないではないか。本当にあったのだから。