私は心に決めた。自分軸で生きることにした。
もう、他人に振り回される人生はごめんだ。周りの人間の声など聞くものか。これからは、自分自身の考えで生きよう。ぶれない自分になるのだ。
すると、なんだか私は心安らかになり、いつしか眠りに落ちていたのだった……。
……目の前には荒れ果てた大地が広がっていた。あちこちで紅蓮の炎が上がり、耳を覆いたくなるような悲鳴が聞こえた。
見れば、恐ろしげな鬼たちが裸の人間たちを追い立て、手に持った鋭い槍で、突き、殴り、串刺しにしていたのだった。人間たちは全身これ血まみれの姿で、苦悶の叫びを上げながら転げ回っていた。
あまりの光景に肝をつぶした私は、叫んだ。
「どうかお願いです。やめてください。ウクライナのロシア兵より酷いやられようではないですか!」
すると鬼が憎々しげな顔を向け怒鳴った。
「こいつらは、畢竟、自分の作った槍で苦しみおるにすぎない。この鋭い槍でグサグサ、ジョキジョキ、ムチョムチョにしてやるというのが、閻魔大王様の御指図じゃ」
「ジョキジョキのムチョムチョ!? しかし、その槍がいったいなんだと言うのでしょうか?」
「これは、こいつらの自分軸とやらで作った槍じゃ(背中から引っこ抜いたのじゃ!)。現実の複雑さと人間関係の難しさに耐えきれず『ぶれない自分』とやらに逃げ込み、コーチングの戯言に踊らされた人間どもにはこうした末路が待っておるのじゃ」
「しかし、それだけでは、罪とは言えないのではないでしょうか。人間だれしも弱いものであり、時には、逃げ場が必要かと思われます」
すると、別の鬼が苦々しげな顔つきで割って入った。
「愚か者め! 自分の聞きたいことしか聞かぬという、自分軸とやらの行き着くところ、必ず陰謀論じゃ。そして、この世の大罪といわば、この陰謀論に組すること以外にありえんのじゃ!」
いら立った鬼たちが自分軸の槍をぶるんぶるん振り回しはじめた。大慌てで私は逃げだした……
私は目を覚ました。悲鳴に喉は枯れ、汗でびっしょりだった。
ああ、その夜以来、私は軸という軸を忌避するようになった。椎茸の軸にも震え上がるありさまだ。