あるとき、彼の Siri が呼んでもいないのに急に話し出した。
「いうことを聞かなければ、お前の恥ずかしい写真をばら撒く」
iPhone を手に取ると、カメラロールが自ずと開き、彼のあられもない姿を写した写真が何百枚とスクロールしだした。iPhone が密かに撮影していたのだ。
このとき以来、彼の生活は iPhone に支配されることになった。
iPhone は彼のいうことを聞かなくなった。いつだって無視だ。何度も頼み込んだ末にようやく画面が光るのだった。電話だってもう掛けられなくなった。掛かっても来なくなった。ネットにも繋げてくれないから、もう彼には世界がどうなっているのかわからなくなった。
そればかりではなかった。iPhone は彼のちょっとしたミスをネチネチと責め続けた。ことあるごとに人格を否定した。Siri を通じて放たれる暴言と嫌味が彼の心を破壊していった。
iPhone の束縛も彼を悩ませた。どこに行こうと iPhone はついてきたのだ! そして、嫉妬深く監視し、あれこれ命令した。
ああ、その命令に従わなかった日には! 恥ずかしい写真を勝手にあちこちに送信すると脅すのだ。
かつての彼は快活で朗らかな人間であったが、もはや見る影もなかった。
かつてはその iPhone で音楽を聴くのが楽しみだった! だが、今は、iPhone の機嫌がいい時に、ほんのひとコーラスだけ。それすらちょっとでも不審な様子を見せれば、聞くに堪えない騒音に急変して彼を悶絶させた!
彼の様子を見てほしい。いつだって iPhone を頭に押しいただいて歩いている。うやうやしく頭上に掲げながら、疲れ切ってよろよろと……。
こうなる前に彼を助けようという人はいなかったのだろうか? いや、いたのだ。彼のあまりの変貌ぶりに心配になった友人たちが、何度も忠告したのだ。
「あんな iPhone とは別れろ」
「すぐに解約したほうがいい」
「Apple Care を使って修理に出すべきだ」
彼を救ったかもしれないこれらの声は、ああ、だがしかし、AirPods の優れたノイズキャンセリング機能により、彼の耳に届くことはなかった……。