苦い文学

秘密の箱

森羅万象に及ぶ広大な帝国を築き上げた独裁者は、軍に命じてひとりの男を連れて来させた。

「お前は、我らが帝国を崩壊させる秘密を知っていると言うではないか」

男はうなずいた。

「その秘密を私に教えよ。あるいはこの場で死ぬかだ」

男は身につけていた首飾りを手に取り、それにぶら下がる小さな立方体を示した。「その秘密はこの箱の中に封じ込めてある。だが、私は渡さない」

独裁者は直ちに男を殺し、その秘密の箱を手に入れた。

「この箱さえ隠しておけば、我らが帝国は安泰だ」

だが、やがて独裁者は抑えがたい好奇心にさいなまれるようになった。

「これほどの帝国を滅ぼす秘密とはなんだろうか」

そこで、帝国でもっとも優れた科学者を呼び、この箱を開けるように命じた。

だが、それは非常に困難だった。箱が開けられないと聞かされた独裁者は怒って、科学者を殺した。すると、奇妙なことが起きた。血まみれの科学者の遺体は見る間に消失し、ただ、あの小さな箱だけが残されたのだった。

独裁者はすぐさま別の科学者にふたつになった箱を開けるように命じた。だが、それはもうひとつの箱を増やしただけに過ぎなかった。つまり、2番目の科学者も失敗し、殺されたのだった。

独裁者は次から次へと科学者を呼び集め、開けられないと知るや、殺していった。そして、その度に、小さな箱が増えていった。

やがて独裁者は、自分が秘密の箱に囲まれていることに気がついた。

もはや取り巻きは誰もいなかった。というのも、みな科学者と一緒に殺されていたからだった。

箱はあまりにも多かった。どうやら、帝国を作り上げる過程で殺してきたすべての人間たちも箱を残して死んでいったようなのだ。

このときだ。自分の帝国が秘密の箱の積み木に過ぎないのを、独裁者が知ったのは。

秘密の箱で築かれた帝国の玉座に座りながら、独裁者は箱が崩れ始めるのを感じていた。