佯死とは死を偽ることで、人を騙すために死んだふりをするときにも使われるが、自分の生前葬を行い、その後は隠れて暮らす、というようなときにも使われる。
私の年長の知人がこの佯死を計画した。不幸な生い立ちから刻苦勉励して人となり、気苦労の多い勤めを果たした彼は、余生を自分のためだけに過ごそうと決意したのだ。独り者で、子のない彼には、この奇矯な計画はまったく容易なものだった。
生前葬の日取りと会場が決まり、親しい友人たちに招待状が送付された。
そして、その日、私たちは「故人」の新たなる門出を祝うべく、喪服を着て、香典を片手に会場に集った。
私たちはこの企画に浮かれ、数珠を手繰る手も楽しげだった。故人が本当に故人となったことを知らされる時までは。
生来の生真面目であった彼は、佯死といえども、遊び半分でこれをすることを潔しとしなかった。そこで、できるだけ死人たろうと努力したあげく、不慮の事故に遭い、まさに生前葬の当日に息を引き取ったという。間違って死んでしまったのだ。
不幸中の幸いというべきか、葬儀はすでに準備万端だった。予定通りしめやかに営まれることを妨げるものは何もなかった。
彼の葬儀が済んでもう何年も経った。私たちは、彼は佯死に成功したと確信している。