去年、まったく仕事がなかった時、私は職業訓練を受けようと考えて近くのハローワークに行った。
コンピューター関連、ビルメンテナンスなどいろいろあったが、左官が一番楽しそうだった。実用的で、芸術的でもある。
たまたま、相談員が質問を受け付けていたので、左官のコースについて尋ねると、さいわいにもまだ定員の空きがあるとのことだった。気になる年齢制限も55歳未満なら可、ということで問題なさそうだ。
私が乗り気の様子を見せると、相談員は言った。
「このコースは、受講期間も長く、また無料なので、受講生には将来的にこれを仕事にしようという決意が求められます」
「その覚悟です」と私はきっぱり言った。
相談員が志望理由を聞きたがったので、私は背筋を伸ばして答えた。
「は、私が左官コースを希望いたしますのは、お気に入りの妖怪がぬりかべだからです。しかも、愛読書はエドガー・アラン・ポーの『黒猫』であります。これで私は左官技術の重要性に気付かされました。尊敬する左官職人を申し上げますと、フィル・スペクターです。「ウォール・オブ・サウンド」で知られる彼が、壁に囲まれて亡くなったというのは皮肉といえば皮肉です。しかし、私の音楽の趣味から言えば、ピンク・フロイドの『ザ・ウォール』のほうを選びます」
……私は結局、追い払われた。「はっきり申し上げて、向いていないようです」というのが、相談員の意見だった。
思うに、『ザ・ウォール』を持ち出したのが悪かった。うっかりして「僕たちは教育などいらない!」を忘れていたのだ。
We don’t need no education.
We don’t need no thought control.
No dark sarcasm in the classroom.
Teacher, leave them kids alone,
Hey! Teacher! Leave them kids alone!
(Another Brick In The Wall, Part 2)