苦い文学

電車の席

電車には席があり、優先席ではない限り、誰でも座れる。

指定席ではないから、早い者勝ちだ。空いていれば座れるが、空いてなければ立っているしかない。

先に座った人が電車を降りるかなどして退けば、席が空く。この席を取るのも早い者勝ちだ。

不思議なのは、席に座りたい人が、先に座っている人に「おい、お前どけ、俺に座らせろ」と言って座る、といったことがまず起こらないことだ。

こうしたことがまったくないとは言い切れないが、少なくとも私は目にしたことがない。また、今なら、こうしたことが起きれば、ネットでニュースになりそうなものだが、そうした様子もないから、やはり非常に稀なのであろう。

これはどうしてだろうか。私には少なくとも二つの仮説がある。

一つは、我々が、電車の席はそうまでして奪うものではないと考えているから、というものだ。先に座っている人を無理やり動かすのは、ストレスとリスクをともなうが、そうまでしなくても、待っていれば座れる可能性もある。

これがもし、席に座れなければ、つり革に電流が流れてきて殺される、とかならば、我々も必死になって席を奪うだろうが、さいわいにして、そうした状況が生じる可能性は低い。

もう一つの仮説は、席を無理やり奪うような人は、電車などに乗らないから、というものだ。席を奪うような人間ならば、もっと大きなものを奪って、運転手付きの自動車で移動しているか、刑務所にいるかのどちらかであろう。